吉野敬介は虚言癖で年収がヤバい?結婚相手や代ゼミで書類送検された過去も調査!

吉野敬介

こんにちは!店長です^^

ヤンキー先生と呼ばれ、東進ハイスクールの人気講師でもあった吉野敬介さんがユーチューバーになったと話題になっています!

吉野敬介さんとは一体どんな方なのでしょうか?!

・虚言癖がある?
・年収がものすごい?
・死亡説が出回っている?
・結婚相手や彼女はいる?
・代ゼミ時代に生徒を殴って書類送検された?


などなど、今回もばちこり調査しました!
吉野敬介さんの名言集動画も見つけましたのでお楽しみに♪

それでは、どうぞゆっくりとご覧ください^^

吉野敬介プロフィール

プロフィール

・生年月日:1966年6月25日(53歳)
・出身:神奈川県鎌倉市
・学歴:逗子開成高等学校→國學院大學文学部二部文学科卒業



ヤンキー先生として有名な吉野敬介さんですが、中学校時代から暴走族に加わり、なんと特攻隊長にまで上りつめたそうです!

1980年代といえば全国的に中高生が荒れていて、校内暴力もすごかったみたですね。
草食系の私は当時に生まれてなくてよかったと心底思います^^;


ヤンチャだった過去を持つ吉野敬介さんですが、高校卒業後すぐに大学に行った訳ではないようです!

著書の中で、社会人(中古車販売店勤務)経験を経て、20歳の時にたった約4ヶ月間の受験勉強で大学に合格したと語っています。
実際はもっと前から勉強を始めていたという証拠もあるようですが・・)


大学卒業後は代々木ゼミナールに講師として採用されましたが後に退職し、東進ハイスクールの古文講師となっています。


一時、死亡説も流れたようですが・・・

吉野啓介の死亡説はガセ!

吉野啓介さんには何故か死亡説がありましたが、2019年の大腸がん手術が原因かもしれません!

手術は無事成功し「健康管理大事ですよ。早期発見、早期治療です」と吉野敬介さん自身がブログで語っていました。

ただ、1歳年下の弟さんは交通事故で亡くなっているようですね><



その他、吉野敬介さんは著書をたくさん書かれているのですが、同じエピソードでも時期によって内容が変わっていることが多いようです。。

吉野敬介のエピソードは内容がコロコロ変わる

高校・大学・代ゼミ時代と、エピソードはたくさんあるんですが、どれも時期によって内容がコロコロ変わるようです!

これが「吉野敬介には虚言癖があるのでは?」と言われている原因と思われますが、、、


実際のところどうなんでしょうか><


吉野敬介には虚言癖がある?実力は?


吉野敬介さんが出した本や、授業で語られた内容、インタビューでの発言など
経歴の内容が頻繁に変わるため、世間から「虚言癖?」と思われているようですね^^;


細かいものをあげていくとあまりに数が多いので、かいつまんで紹介します!

高校時代に関するエピソード


「実家が貧乏だった」 → 5年後の著書「父親は慶應を出て、ある一部上場企業の部長」「母親は月収150万、ボーナス300万もザラ」


イジメなんてものはしたことがなかった」 → 「技術家庭の作品や美術の絵は、パシリ(遣いっぱしりをやるヤツのこと)にやらせて、自分は名まえだけ書いて提出する」


敵が40人いるにもかかわらず一人で仕返しに行き、オレの友だちをやっつけた奴を“病院送り”にしてしまったのだ」 → 「敵が5人いるにもかかわらず一人で仕返しに行き、オレの友だちをやっつけた奴を“病院送り”にしてしまったのだ」に修正。


「暴走族の特攻隊長として、3000台・6000人のトップだった」 → 数年後「1500台・3000人」 → さらに数年後「最大時は1000台以上


「行ける高校がなくて入ってくる、そんな高校」「当時神奈川県でも最低ランク」 → 1987年の逗子開成高校は、早稲田5人・慶応1人・上智2人・中央7人・明治5人・立教3人・法政9人・青山学院2人・東京理科2人の合格実績あり。

受験勉強に関するエピソード


「20歳の9月20日(1986年9月20日)に受験を決意した」という肩書き → 著書に載っていたこたつで勉強している写真には1986年1月1日(高校卒業10か月後、大学合格の1年以上前)の日付がついていた。


「4ヶ月間の毎朝2時間、朝日新聞の社説をノートに書き写していった」 → ノートに書いてある日付が高校2年生のときの日付だった。


「1986年12月17日の代ゼミの模試で偏差値が86、全国3位を取った」 → 模試の成績表は示されていない&12月17日は平日で模試は開催されていなかった。


大学受験を決意したときには小学校で扱う内容のことも知らなかった → 2008年の著書では「小学校のときは天才と言われていた」

大学時代に関するエピソード


「オレは8校受けたが、全部文学部だった」→「オレは結局、すべての大学に受かっていたのだ」→「オレは結局、ほとんどの大学に受かっていたのだ」 → 「専修大学の受験に失敗した」


「うちから大学まで1時間以上(中略)7時に目覚ましかけとく」 → 卒業した國學院大學文学部二部の授業開始は夕方


「国学院(文・一部)と学習院(文)の両方に合格した」 → 1987年の国学院(文・一部)と学習院(文)の入試日はどちらも2月17日で両方を受験することは不可能。


「大学時代、成績が1番で特待生だった」 → 國學院大學学報に記載されている当時の特待生の欄に吉野敬介の名前は存在しない。


「大学にはいっても、テニスだスキーだコンパだと、青春を謳歌するといえば聞こえがいいが、いまさらそんなバカをやる気はなかった」 → クラスで中の良い男女5人ずつ計10人で毎週のように飲んだり長期休暇には毎回のように軽井沢やスキーに行ったりした話をしている。

代ゼミ時代に関するエピソード


大学4年時に代々木ゼミナールでチューター(自習のサポートをするスタッフ)をやった際、「200人入る教室は満席」 → 「300人の教室が満杯」


「1年目の、初めての授業。400人を収容する教室で、おれの目の前にいる生徒はたったの5人だった」 → 「第1回目の授業は、15人ほどの小さな教室だった」→「第1回目の授業は、教室にわずか15人ほどしかいなかった

万引・窃盗に関するエピソード

万引きで誰がいちばん高価なものを盗めるか競争したり」 → 2009年の著書「物を盗むというのは、お店の人の生活に迷惑がかかるから、そういうことは俺はめったにやらなかった



浮いた交通費などは、『東日本大震災』や『あしながおじさんの交通遺児育英会』に寄付したりしている。逆境に見舞われた子どもたちに、勉強や進学をあきらめないで欲しいから。」 → 大学時代彼女に高価な誕生日プレゼントを渡すために、セブン・イレブンのアルバイト中に店内の募金箱から金を窃取していた。

その他のエピソード


「俺はインターネットはやらない」 → 一年前から個人ブログ開設


大学時代にミス青学のサオリと付き合った → ミス青学にサオリという名前の女性はいない


株も嫌いだね。だって、誰かがトクをすると、誰かがソンするわけだろ。人を泣かして手にするカネなんて、おれはいらない」 → 翌年「オレは昔から株と為替をやっていて、じつは今まで損をしたことがない」


24歳で年収3千万を超えた」 → 別の著書で講師1年目から(24歳時)の年収について「1年目600万、2年目1800万、3年目3600万」


インタビュー記事の紹介欄「趣味は競馬」 → その2ページ後「賭け事はほとんどやらない」



いや〜、ごろごろ出てきますね^^;
どれも本人の発言や著書に書かれていたことのようですが、あれこれ盛りすぎて辻つまが合わなくなってるんじゃないでしょうかw

さらに「有名人からパクったエピソードでは?」というものもあるようです!

有名人からのパクリ疑惑

『ビートたけしのみんなゴミだった』から

・金持ちの同級生の後頭部に消しゴムをぶつけたりした
・金持ちの同級生の誕生日のときだけ美味しいものが出てくるからという理由でその同級生と仲良くなってその同級生の家に行った
・アーモンドチョコレートの存在を知らずにアーモンドチョコレートを食べて種が入ってるという話をした人がいた

島田紳助のトークから

「中学のとき、担任からしょっちゅう『お前はうちの学校のゴミだ』って言われてたんだけど、その担任とこの前ばったり街中であったとき、『お前は私のホコリだ』ってほめられちゃった。『ゴミからホコリかよ。まあ、似たようなもんじゃねえの』とか言いそうになった」

矢沢永吉のエピソードから

彼女が『お弁当代ないんじゃないの』と言って金をくれようとしても、『昼飯は会社から出してくれるからいいよ』と断わった」→矢沢永吉「女房には(中略)『お昼どうするの?』って聞かれると『いいからいいから、会社で給食みたいのが出るんだよ』」

「勤め先の中古車屋に行った。そして平澤社長に、『オレ、大学受けます。勉強するんでやめさせてください』と言った」→矢沢永吉「社長に言った。『オレは、実が歌がやりたくてこっちに来た。やめさせてくれ』」



どれも特徴的なエピソードですが、、あなたはどう思いますか?^^


吉野敬介は代ゼミ時代に生徒を殴って逮捕されている

吉野敬介さんは代々木ゼミナール時代、授業中に私語をした生徒を殴り傷害容疑で書類送検されています。

注意したのに聞いてもらえず、つい手が出てしまったようですね><


実際の生徒からの評判はどうでしょうか?

吉野敬介の授業を受けた生徒の声


「端的で確実な暗記方法を教えてくれる。」
「テンポよく授業を進めるので、頭に入りやすい。雑談もおもしろい。」

などなど・・・講師としての生徒からの評判は良かったようです^^


そんな吉野敬介さんに彼女や結婚相手はいるのでしょうか?

吉野敬介に彼女や結婚相手はいる?

吉野敬介さんは過去に結婚していて、現在は離婚しているとの噂はあるようですが未確認です。
また、現在の彼女の話は見つかりませんでした!

新情報がわかり次第、追記していきます^^

吉野敬介の年収は?

気になる吉野敬介さんの年収ですが、東進だけで1千万円以上あったのではないかと言われています。

また、吉野敬介さんはヤンキー先生として著書を多数出していて、そっちの印税がすごいことになっていたみたいですね!
講義中の雑談で生徒に自慢することも多かったようです><


東進といえば林修さんですが、林修さんも塾講師やテレビ出演で年収2億円と言われています。
吉野敬介さんも年収1億円以上はあったのではないでしょうか?^^

吉野敬介の現在はYouTuber!

東進ハイスクールを退職後、YouTuberになった吉野敬介さん。
東進で同僚だった英語講師の森田鉄也さんと共に、完全無料の予備校チャンネル「ただよび」を立ち上げました!

開設から2ヶ月足らずでチャンネル登録者数10万人を突破するなど、なかなかの人気を集めているようですね!
ちなみに、チャンネル登録者数10万人の月収は約100万円と言われています^^

平日は毎日更新するようなので、すぐに100万人も達成しそうな勢いですね!

吉野敬介の雑談や名言集を調査


吉野敬介さんの授業では、長時間の雑談があることで有名だったようですが、雑談の中や著書からたくさんの名言が生まれています。

元生徒の方が動画にまとめてくれていましたので紹介しますね^^

吉野敬介の名言集動画


力強い言葉ばかりで、どんどん吉野敬介さんワールドに引き込まれて行くような気がします!
自分が予備校生だったら励まされるでしょうね^^

まとめ

  • 1966年6月25日生まれ(53歳)
  • 2019年に大腸がんの手術をした
  • 1歳年下の弟は交通事故で亡くなった
  • 中学校時代から暴走族に加わり、特攻隊長に
  • エピソードはコロコロ内容が変わる
  • 虚言癖という噂がある
  • 代々木時代、授業中に私語をした生徒を殴り傷害容疑で書類送検された
  • 吉野敬介さんの現在はYouTuber

吉野敬介さんに対する世間の評価は賛否両論です!

ただ、話題づくりのためにヤンキー先生を自称したり、本当はとても頭の切れる方なんじゃないかなーと思います^^

53歳でユーチューバーになるなど、まだまだ元気な吉野敬介さんに今後も注目していきたいです!


最後まで読んでいただきありがとうございました^^

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